花 松下 健次郎
彼は真っ白なベッドから体を起こした。そしてそのままデスクへと向かった。デスクの上には様々な計測機器が無造作に並べてあった。彼は保温器から数本の試験管を取り出し、その中身が空になるまで一滴ずつ顕微鏡で確認して、最後に深いため息をついた。
- また駄目か・・・。 -
彼はイスから身をのけぞらして上を向いた。上にはただまっ白いだけの天井があった。
- ああ、もう何年になるのだろう・・・。 -
彼はずっと独りだった。青年期が終わろうとしていた。家族や恋人の顔もハッキリとは思い出せない。写真の一枚でも持ってくれば良かったと何度悔やんだことか・・・。そしていつしか彼は声を出さなくなった。必要がなくなったからである。
- さてと、 -
彼は遅い朝食を取った。味気ない合成食だが、生命維持システムは極めて堅牢であり、食料が尽きる心配だけはない。
- このまま年老いてゆくのだろうか・・・。 -
また少し年が過ぎた。彼の頭には白髪が見え始めていた。
デスクの横にある棚には何本ものホルマリン標本が置いてあった。いずれも奇妙な形をした塊が入っていた。
彼は保温器からシャーレーを取り出した。倍地の上で黄色い塊がわずかに根を伸ばしていた。
- もう少しのはずなんだが・・・。 -
彼の宇宙船は千年前、この無人の星に不時着した。
ほかの隊員はその時の衝撃で死んだ。しかし彼と、宇宙船の実験室と、生命維持システムだけは生き残った。
彼は冬眠装置で眠りながら助けを待った。
千年経っても助けは来なかった。仕方ないので彼は少しの間起きていることにした。
その星を探査してみると、生命が生きてゆくのに十分な大気と水と土があった。彼は思った。
- もしこの不毛の土地に、一面の花が咲かせたら・・・・・・。 -
機材はあった。情報もあった。しかし実際にこの星で生存できる生命を創り出すには、気の遠くなるような時間と試行錯誤が彼には必要だった。
また時が過ぎた。
白くぼやけた視界の中、彼はその赤い花弁を確かに見た。保温器のフラスコの中だけでなく、宇宙船の外に植えた何本かの苗も、枯れずに緑色の芽を伸ばしはじめていた。
彼は花の入ったフラスコをベッドの脇に置いた。少し休みたかった。
「おやすみ。」
数百年後、その星の近くを輸送船が通った。地球への報告で船長が言った。
「花が一面に咲いた惑星がある。」
-終-
初出:千葉県立検見川高校 生徒会機関誌「あゆみ」1989年度号(1990年3月)
掲載時タイトル:「創世者」 名義:「F40CABRIOLET」
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高校生の頃、今から26年前に書いたSFショートショートです。ハードディスクのお掃除をしていたところ、偶然にも当時のテキストデータが残っておりまして、せっかくなので若干修正の上、掲載しておきます。懐かしさ半分、恥ずかしさ半分といったところ。
詳しい解説はまた後の記事にて。